せっかくの公民館ホームページのブログですので、「公民館・Kominkan」に関わる事項も折りに触れて書いていきたいと思います。

1945年(昭和20年)8月15日は、日本での正義の価値観が劇的に変化した日の様に思えます。

それを機に、平和な国家を再建するためには、国民が、特に大人たちが主権者としての自覚をもって自分の考えで行動できるよう、豊かで文化的教養を身につける必要があるとの認識が広まっていきました。

当時、文部省の公民教育課長の「寺中 作雄」氏は、『大日本教育』1946年1月号に「公民教育の振興と公民館の構想」を発表し、戦後の復興と民主主義や平和文化国家の建設に「公民館」を構想。

同年7月に「公民館の設置運営について」が発せられ、全国に公民館建設の輪が広がっていきました。

今回は、公民館がどの様にして発生したかを書いてみました。

何事も、草創期を支えるパイオニアの方々の努力とご苦労があってからこそ現在がある事を痛感致します。

それでは、また公民館シリーズを書いてみます。

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